
現在フリーの背景イラストレーター歴11年のとこたんです!
この記事を読むととこたんの中学高校時代の様子がわかります。
- ここでは私が「背景美術専門」の絵描きフリーランスの在宅ワーカーになった経緯を時系列を追って書いています。
- 私の世渡り戦略を公開していきます。
- こういう特性が自分にもあるなぁという方には何かしら参考になるかもしれません。
お絵描きは得意かもしれない【中学時代】
中学は小学校のクラスメイト全員に加え、他の小学校2校の生徒が集合という環境でした。
私の通っていた小学校の人数が大半だったので、そこではまた私は
「喋らない無表情で無口なやつ」
というレッテルを貼られたまま学校で喋れない状況が大きく変わることがありませんでした。
私の暗黒期は中学時代かもしれません。笑
- 基本家では超お喋りだが学校では無表情で無口
- 授業中は教科書を読めと言われた時以外班で何かをしようと、一言も声を発さない
- もし一言でも喋っているところを見られたら酷い目に遭うに違いないと思い込んでいた
- 写生大会で風景画を描くと必ず入賞していた
- 休み時間は特定の少し喋れる子のところの机まで行き、静かに過ごしていた
- 本は学校で読んでいない
- 本は市民図書館に借りに行く機会が月に何回かあったので家で読んでいた
- 走るのが速かったため毎回体育大会でリレーメンバーに選ばれていた
- ソフトテニス部で1年から一人だけ選ばれ先輩とダブルスを組まれ大会に出た
- 部活動の女子生徒たちから嫌われて無視をされていたことがある
- ヤンキー系の女子生徒二人からパシリにされていた
- 長距離リレーで他のメンバーが感動して泣いている中、私だけ無表情で涙一つ流してない状況に、周りから冷たい、性格が悪い、と、女性生徒たちからも嫌がられていた
- 男子生徒から主に授業中に嫌がらせをされていた(話しかけても無言・しかも無表情だから)
- 習い事はエレクトーンのみ(個人レッスンだったが先生とは会話しない)
- 家では部活終わりにも小学生時代に作った親友と毎日遊んでいた(土日までほとんど)
- 彼氏彼女の事情という漫画とアニメに一番ハマっていた
- 家でお絵描きは彼氏彼女の事情のキャラクターを見て描くことくらい
この時代に一番影響を受けているのは「彼氏彼女の事情」という作品です。
主人公が家と学校では全然人が違う、という大きなギャップを抱えており、それが自分の状況と重なるところに共感を得たからです。
どうしてみんな学校で自然体でいられるんだろう。うらやましいな。 私はいつも通りの自分でいられたらきっと友達もたくさんできるはずなのに… 本当は人が好きでみんなと仲良くなりたいのに… 私は学校でちょっとでも喋れるおとなしい子レベルにもなれていない。 だって声を出せないんだもん。
とずっと自分のギャップに悩んでいたので、この作品で私は心が救われています。
また、絵に関してはこの頃自信を持ち始めていました。
水彩絵の具で風景画を描けば必ず入賞していたからです。
私は見て描くのが得意だなぁ水彩の色塗りが好きだなぁなんて認識していました。
しかし大賞を取ったこともなくせいぜい入賞なのでとびぬけて上手というわけではありませんでした。
また、何か自分自身の内面を表現するような独創的なものに対してはとても苦手意識がありました。
自己表現を外ですることに特に恐怖を感じていたためです。
私には特にオリジナリティというのは存在していませんでした。
この時も将来何をしたいか深く考えることはありませんでした。
絵に対する情熱はゼロ【高校時代】
高校は何も考えず普通科の進学校に入学しました。
ここでもまた同じ中学の生徒が多くいたのですが、人数が400人と中学時代から倍以上になったのでクラスの中に同じ中学の人が数人いる程度で、
「喋らない無表情で無口なやつ」
というレッテルを最初から貼られていることがなかったので少し安心感がありました。
また、教室では中学までの隣に誰かいるという机の配置ではなく、一人一人席が離れている状態だったので授業中に話す機会もなく安心できました。
この状況で内向的な子、さらに同じ小中学校だった子が私に声を掛けてきてくれたので、その特定の友達それぞれ一人ずつなら話すことができ、傍から見たらようやく
ただのおとなしい子レベルになれました。
しかし私はそれが本当の素の自分ではない!と自分自身で受け入れていなかったので、つらい状況は変わりませんでした。
- 基本家ではお喋りでよく笑うが学校ではその逆
- 落ちこぼれることを極度に恐れたため、普通に入れそうな学校を選んだ
- うっかり首席入学になり、以降強迫観念で最後まで定期テストだけは1位を死守していた
- 文系に進んだ
- 人が集まるところでは喋らず感情表現もないのでハイパークールというあだ名をつけられた
- ちょっとしたアクシデントに微動だにもしないので常に冷静に見られていた
- 先生から「お前はもっと喋れ!語彙力がないからだ。喋らないと何も伝わらないぞ。」と言われていた
- 学校で本は読んでいない
- 家でも大して本は読んでいない
- 美術部に一瞬入ったが活動してなかったのですぐ辞めてずっと帰宅部
- 今まで教科書を読むことは得意だったのに、突然不安で人前で読むことができなくなった
- 特定の仲のいい子とだけは教室の中で静かに会話することができるようになった
- アニソン収集が趣味になった
- お絵描きはほぼしていない
- 習い事はエレクトーンだけ(高校まで計8年習っていたが一言も先生と会話することがなかった)
- 学校から帰ると機会は減ったが小学時代に作った親友とちょくちょく遊んでいた
- 実家で猫を飼い始めた(最終的に3匹)
- 携帯電話(ガラケー)を手に入れた
- 見知らぬ人とメル友になることが何回かあった
このような状態で私は家の敷地外では自分を全く表現できず常に極度な不安にさらされて生きていたので、自分に自信がなく、ずっと絵描きになろうと思っていたわけではありません。
なぜ絵描きは不安だと思っていたのか、理由は1つです。
絵描き屋さんといえば当時の私の考えつくものは
「レオナルドダヴィンチのような画家」「デザイナー」「漫画家」この3つでした。
この3つに共通して感じていたのは個人の才能。自力で何とかしないといけない。という強いイメージでした。
この時点で、自己表現できない自分には無理だなぁ。と考えていたため、「絵描きは不安だ」と思っていたのです。
そうして周りに合わせて、なんとなく高校は普通科の進学校に入り、なんとなく興味がありそうだった心理学部を目指して受験勉強もしていました。
ところが、高校3年の時に心理学部を目指していることを、当時喋れた学校の子に
「心理学部?笑 心理カウンセラーになるの?心理カウンセラーに診てもらう側じゃない?笑」
と言われたことにすごいショックを受けており、
心の中で本当に自分が心理学部に興味があるのか疑いを持つようになりました。
と、同時に、その毒舌な彼女が、私が受験勉強中にアニソンをずっと聴いており、そのアニソン集を友人にレンタルしていたのを知って、
「私、昔名古屋の〇〇〇アニメーション学院」に体験入学したことあるんだ~」
と言ってきたんです。
元々アニメ好きだった私は衝撃を受けました。
愛知にそんなアニメの専門学校があるんだ!知らなかった!!と。
それから私はインターネットでその学校を調べ、HPを拝見し、すぐに資料請求をしました。
調べているうちに、ここに入れば自力じゃなく絶対にアニメ業界に入れる!しかも会社に依存して絵をかいて固定給がもらえるんだ!!
という自力ではないだろう。
という安心感が急激に湧いてきてしまったのです。笑
こうして私は高校3年の12月、アニメ専門学校の体験入学を経て、突如進路変更をし、受験勉強をしてきた記念として一つだけ大学受験をし、大学進学を辞退してアニメの専門学校に入学したのです。
そこに入るに至っては何もテストが要らなかったというのも急な進路変更ができた大きなポイントでした。
中学時代・高校時代のまとめから在宅ワーカーの素質を考察
中学からは強迫観念が強くなっていました。
- 不安が原動力で物事を完璧にしたがる傾向
- コツコツ続けることが得意
- やりたいことしかやりたくないという頑固さがある
- 無邪気に人が好きという感覚はいじめられることによって薄れていった
- 自由に自分の頭で考えて何かする、ということが不安でできない
- かんもく症状と新たな不安障害の混在
- 自分のことを知らない見知らぬ人とならいつものよく喋る感情豊かな自分を表現できると強く認識する
小学生時代の落ちこぼれのトラウマにより落ちこぼれたら大変な目に遭う。
ということでテストの前だけ必死に勉強をしていました。
しかし私は自分の頭で考えることができず、基本的には文章を台本のように覚えているだけだったので、残念ながら何の身にもついていません。笑
テストは基本教科書ほぼ丸暗記ですべてをこなしていました。
これもまた自己表現ができないのと同じ感じなのでしょう。
不安感100%+強迫観念+やりたいことしかやりたくない=ひきこもりの在宅ワーカー(ただしリスクは取らない)

この時の性格だと確実に今の遠方独居在宅フリーランスなんて状態にはなりませんね。笑
しかし、逆にこの特性が後々の私の在宅ワーカー人生の土台となってきています。
特に強迫観念というのが逆にうまく利用できてよかったようです。
今回はここまで。
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