私のかんもくの原因は母親だった。「不安の原因」とは?

自分が喋れなくなったきっかけを皆さんは覚えていますか?

私は物心ついた頃から24歳頃まで、自分の気持ちが周りに知られてしまうことにものすごい不安を感じていました。

そのため、自分の意思とは裏腹に、特定の場所では「喋れない」に加えて「無表情」、と完全に自己表現を封印されてしまうという、謎の呪いにかかっていました。

今では全くそんなことはありません。

自己解決できたからこそ、分かったことがいくつかあるので

今回はこうなってしまった「不安の原因」とそこから学んだことをまとめていこうと思います。

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私は本来超繊細さんではない

1986年2月、私は九州育ちの第一子長男長女夫婦の元に第一子長女として生まれました。

小さい頃は、人見知りもしないし、おとなしく、全然手のかからない赤ちゃんだったそうです。

この時点でおそらくHSP(超繊細さん)ではなさそう。笑

ちなみに今も私は結構環境の変化に強くさほど繊細さんではないと思っています。(と、思い込んでいました。)

不安にだけやたら敏感というレベルです。(調べたら中程度HSPと強度HSPの間くらいでした99点~109点)

ただ両親ともにいわゆる「おとなしい」と言われるであろう部類です。

喋れなくなったきっかけ

気が付いたら同年代の子たちがたくさんいる場では喋れなくなっていました。

幼稚園時代はご飯の時間に一言もお喋りができない。

授業中みんなで何かを一緒にする時お喋りができない。

でも幼稚園で授業以外の自由に遊んでいる時は園でできた友達と、周りに人がいても大声で「おに~のパンツはいいパンツ~強いぞ~強いぞ~」と歌っているくらいだったので特に先生からも心配されず。

しかし、小1の途中、海外の日本人学校へ転校したのがきっかけで学校で完全に喋らなく、また無表情になってしまいました。

このきっかけは覚えています。

元々小1から早々、算数の引き算で躓くくらい頭が追い付いていなかったのですが

転校先の学校では授業内容が日本の時とずれており、完全についていけなくなったのが私の不安を最大限に高めて喋れなくなってしまった理由の一つでした。

小1の時の不安を高めてしまった出来事
  • 転入して初めての自己紹介の時に「何県から来たんですか?」という質問に対して、ケン?私は二ホンから来たんだけど…ケンて何だろう。と不安になり何も答えられなかった。
  • 先生に当てられてもわからないから答えられずじっとしていると、クラスの男子生徒からみんなの前で早くこたえろよ~とヤジを飛ばされる。
  • ドリルの提出が終わった人からご飯を食べていいよ。というところで周りが机を囲んでご飯を食べている中、問題が解けず提出できず最後まで一人机を前に向けたままじっとしている。
  • テスト中何もわからないので隣の子の答案用紙を見ていたら、見ないで!と言われショックを受ける。←これは当たり前だ。笑

この不安を高めた状態ですぐに2年生になりました。

不安ながらも新しい教室へ入ると早々に新しい先生が私に声を掛けてきました。

「おはようございます!」

私はびっくりして声を出すことができなかったのです。

すると近くにいた男子生徒(私が答えられないと早く答えろよ~とやじってくる子)に先生が訊ねました。

先生「この子は前も喋らなかったの?」

男子生徒「う~ん覚えてない笑」

これがきっかけで私はそれ以来、学校で一言も喋ることも表情を作ることもできなくなってしまったのです。

当時は喋らないから、と先生から

喋らないお姫様だね

なんて言われていました…。

そして私は、次に転校するまでずっとその状態で、「学校で一人で本を読んでじっとしている無表情で喋らない子」

となったのでした。

しかし、学校で不安を高めてしまっただけで全く喋れなくなるなんてことはないかもしれません。

ではどうして喋れなくなってしまったのでしょうか。

私の極度な不安の土台は一体どうやって作られていたのでしょうか?!

それは「母親との関係性」にありました。

不安な気持ちを無視される体験が原因だった

4歳の時の出来事です。

私は幼稚園でトイレに行きたくても言い出せなくてお漏らしをしてしまったことがありました。

母がお迎えに来た時にそのパンツは先生から母に手渡されました。

一見よくある光景だとは思います。

しかし問題なのはその後です。

私は母に怒られないか不安で不安で仕方がありませんでした。

しかし、母は私に何か話しかけることも、怒ることもなく、一切私に何も言わず無表情で無言で歩いていました。

「お母さん、私がお漏らししたこと怒ってないのかな?」

「お母さん、私がお漏らししたこと怒ってるから喋らないのかな?」

私は不安で不安で心の中がいっぱいになりました。

母は私に共感をすることが全くありませんでした。

これが大きなきっかけではないと思いますが、

不安に共感してくれない=不安を無視される

という小さな積み重ねが私の不安をどんどんと増幅させていったのです。

その他の出来事
  • 登園途中、長靴をはいた私の片足が排水溝の穴にはまり抜けなくなり負傷→怖い顔で何も言わない母
  • 登園途中、野良犬に襲われてシューズ入れの鞄をひったくられる→慌てて犬を追い払うだけで怖かったね、等何も声を掛けない母
  • 転園や転校で環境が大きく変わった時→それについて何も声を掛けてこない母
  • 算数がわからない!と大騒ぎした時→なにがわからないのかわからない笑と馬鹿にする母
  • 学校で私が喋らないことを先生が家庭訪問で話した時→うちでは喋ってるから大丈夫ですーと言い切って扉を閉めた後、一切そのことに触れず何も話をしてこない母
  • 弱音を吐いて悲しいアピールをする時→ぐちぐちぐちぐちうるさい!と怒りこちらの不安な気持ちを拒絶する母

不安になっている時に母親の声掛けが一切ないと心の不安が増幅していく

なぜこうなるのかお漏らし経験をひとつとって、心理分析をしていきます。

声掛けを一切しないような母親はめったにいないとは思いますが笑

何故声掛けが一切ないと心の不安が増幅していくの?

お漏らしをしてしまったことを怒られるかもしれないと不安になる

無表情で何も言ってこないということはお漏らしをしたことがお母さんの機嫌を損ねたからかもしれない!!

私が不安になっている状況はお母さんにとって都合の悪いことなのかもしれない!!

私が不安に感じているところを見せたらお母さんに嫌われてしまう!!!

つまり

不安な気持ちを無視されると、不安になる自分がダメな子なんだ。と思い込んでしまうようになる。

ということです。

こうして声を掛けらないことで私の不安はどんどんと大きくなっていきました。

不安の負のスパイラル

不安になる私ダメな子なんだ思い込む不安になってる今の私の状態自分で不安不安MAX

このようにして喋れなくなってしまう土台の「不安にとても敏感な子」に成長していきました。

不安に敏感、なだけならたくさんいると思います。

ではここからどうして喋れなくなり無表情という感情を全く表現できなくなる状態になっていくのでしょうか。

母親にスポットを当ててさらなる分析をしていきます。

私の母親

母はちょっと変わっていました。

母は人の感情に全く寄り添ってくれない人でした。

アニメキャラで言うと「綾波レイ」ドラマで言うと逃げ恥の「ヒラマサさん」

これがとてもしっくりきます。

何か他の人とは違うぞ?と思い始めたのは小学校に入ってからでした。

半日授業の土曜日に、母親が迎えに来て一斉下校という機会がありました。

その時に周りのお母さんたちは自分の子どもに、にこにこ喋りかけたり、なんだかものすごく子どもを可愛がっているように見えたのです。

一方私の母親はというと、特に何か話しかけてくることもなくただお迎えという業務をこなしているだけの母親でした。

しかし、私は母のことが大好きで、「きっとお母さんは私のことを好きに違いない!」と信じており、母がいるところでは超お喋りをしていました。

母は普段は何か話しかけたらちゃんと答えてくれ、物理的に無視をすることは一切なかったからです。

母は専業主婦で、毎日家にいて、いつも本を読んでいました。

本を読んでる最中も、家事をしている最中も、私が何か質問したら必ずすぐに答えてくれました。

毎日三食きっちりご飯を時間になると準備してくれ、一日置きに肉の日、魚の日、肉の日、魚の日、など栄養管理も徹底しており、

家事について一度も愚痴をこぼすこともなく、父親と喧嘩をすることも全くありませんでした。

基本的に感情のアップダウンが全くないメンタルの安定した母親だったので安心感はありました。

なので母にはすっかり依存して安心しきっており、なんでもペラペラお喋りができたのです。

ところがそんな母は、私がネガティブなことを言うと超冷静に批判をし、私に何かいいことがあった時や何かできるようになった時は何も声を掛けてこず、褒めてくれるなんてこともありませんでした。

このような状態だったので、私はネガティブなことに対してだけとても敏感になっていました。

つまり

お母さんは私がネガティブな状態になった時だけ何も言わず無表情(機嫌が悪そうに見える)

お母さんは私がネガティブなことを言った時だけ批判をする(反応する)

大好きなお母さんに嫌われるのは私がネガティブなことを言う時だけ

つまり

大好きなお母さんに嫌われるのは私がネガティブになるような不安な状態になった時だけ

私は不安になることを否定され続けていたわけです。

周りの人たちに対する見方

母親が「そう思う」ということは、周りの人達もみんな私がネガティブな状態になると私のことを嫌いになるに違いない。思い込んでしまうようになる。

こう判断するわけです。

なので、他人から見てネガティブに見えそうな状態になってしまったら、

もうだめだ~!!!!嫌われた。

となってしまい絶望状態に陥ってしまい動けなくなってしまう。

また、ネガティブに思われることに対して恐怖感がすごいので、それを事前に避けるために感情を出せなくなる。

発言もできなくなる。

ということです。

呪い、恐るべし。

感情の無視がなぜいけないのか

それでは次は「無視」というものについてスポットを当てていこうと思います。

物理的に無視をされていないのにどうして感情の無視でこのような状態になってしまうのでしょうか。

人間という生物の仕組み」を考えてみましょう。

生まれたての赤ちゃんはお母さんから無視をされると死んでしまいます!!

そうですよね?

自力でご飯を食べることも喋ることも歩くこともできないのですから。

助けを求めるには泣いて知らせるしかないんです。

どうでしょうか、この泣いて知らせているのに無視をされたらやっぱり栄養補給ができず死んでしまいますよね。

つまり!

元々人間には無視というものが生命の危機と判断されるように組み込まれている。

ということです。

このように考えると、どうして無視をされると不安になってしまうのかわかってくると思います。

私が母からされていた感情の無視をし続けられるということは人間の脳的には生命の危機だったのです。

生命の危機なのでそれは不安警報が脳内で鳴り響くわけですね。笑

まとめ

私の不安の原因は母親から感情の「無視」をされ続けていたから。

でした!!

私自身も、その不安が元で周りに対して無視をしている状態になってしまっていたので

私も周りを攻撃して不安にさせていたというわけです。

当時は私が喋らない・無表情なことで周りからいじめに遭う等嫌われたりしていたので、周りを恨んだりしたことも多々あります。

しかし、無視の原理まで紐解いていったことで私は反省しました。笑

当時わざとじゃないけど無視しちゃってた周りの人たち、生命の危機感じさせちゃっててごめんね~!

無視、恐るべし。

私の経験と分析が参考になれば幸いです。

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